昨日雷鳴ってたけど、太陽や雨と比べて何のために存在してるか分からんよね。

前回は「6月3日は双子座新月。新月と満月には願いが届きやすい宇宙の波動に満ちている。」の記事を書きました。

 

本日は6月5日の水曜日、現在時刻は9時55分。今日の熊本はめっちゃいい天気です。昨夜は夜中にかなり大雨が降ってきて、おまけに雷がかなりなっていた。雷なんて久しぶりになってるなーとか思ったけど、かなりうるさかった笑。しかもその光り具合がハンパなくて、直接見たら目に悪いだろうなーというレベル。

 

それにピカッと光ってから音がなるまでが割と早かった気がする。気がするっていうのは、自宅の部屋の中にいて完全にカーテンを閉めていたから、そこまで光を見ていないという理由から。カーテンの隙間から微妙に光が見えていたから、そこから音がなるまでの時間が何となく早かった気がする。それにしても雷ってウザいよね笑。だってあいつら光るだけ光って、うるさい音を鳴らすだけでしょ?何の役にも立ってないよね。

 

太陽の光とか雨とかはまだ分かるじゃん。全ての生命が生きるために必要な事だし、無くなったら生命が維持できなくなる。だけど雷って何の意味もなくね笑?いや、もしかしたら専門家の方とかにお話を伺えば、何かしらの雷の存在意義を教えてくれるかもしれない。雷にも何か意味があるのかもしれない。だけど、少なくとも素人目線で雷の存在を考えた時に、こいつらが存在する意味って…絶対ないよな。

 

てか、意味ないどころか、ただただ眩しいし、うるさいだけの自然現象じゃん。少なくとも人間にとっては、害でしかないよね。他の生物は雷に対してどう考えているのか分からないけど。多分、人間とそんなに変わらない感情は抱いていると思う。他の生物たちも雷がなったら「雷って、ただただ眩しくて、うるさいなー、もう!」って思ってるはず。

 

雷に対して、何のプラス効果も感じないのは僕だけでしょうか?無理やり存在意義を作るとしたらどうだろう。夜中に雷が鳴ったとします(できれば大雨も)。その時にもし、深夜徘徊をしている未成年の子供たちがいたら、おそらく高い確率で家に帰るだろう。雷が鳴ったおかげで、深夜徘徊していた不良少年たちが、家に帰宅したとしたら、それは紛れもない雷効果である。

 

雷のおかげで、本来家にいるべき時間帯に外出中の子供たちを自宅に戻してくれた訳だから、これは雷に感謝するべき出来事かもしれない。親目線からしても、雷さんありがとう~。と言いたくななるだろう。もちろん深夜徘徊そのものが必ずしも悪い事と決めつける事は無いのだろうけど。やはり18才?くらいまでは、夜の23時~4時までの間は外を徘徊していては、補導対象になるから気をつけないといけない。

 

だから、そういう意味では雷というガンコ親父が18才以下の深夜徘徊者に対して「お前らこんな時間に何をうろついとんじゃあああ!!!さっさと家に帰らんかあああ!!!」という意味を込めて、ピカッ!ゴロゴロゴロ~!という流れだったら分かる。それくらいハッキリと雷の目的が決まっているなら、少々うるさくてもがまんできる。でもあれだね、雷だけというより雷+大雨っていうのがポイントだね。大雨だけでも十分家に帰る理由にはなるけど、ここに雷の要素が加わる事ですごい威圧感ができるから、友達の家に泊まるっていう選択肢を選んでいた子も何となく自宅に帰らないといけない気分になってるかもしれない(泊まればええやん)。

 

ただもう一つ言える事は、雷が鳴る事でその時は犯罪者が減るような気はするよね。あんだけ、眩しい+うるさいという、視覚と聴覚に響き渡ってきたら、犯罪に手をのばす気が失せると思うんだ。まあさっきからずっと、何の根拠もない、想像力だけで文章を書いているので、ここら辺で止めておこうと思う笑。雷の話から深夜徘徊の話に繋がるなんて、まさか思ってもいなかった。とにかく雷に対して何か存在意義を見出さないとやってられないなあと思った所存で、このような乱筆になってしまった。

 

雷が鳴っていたリアルタイムではただただ「雷うるせーなー!静かにしろ!この無能どもが!」としか思っていませんでした。すみません。今度暇なときにでも、雷について調べてみようと思う。意外に雷効果が凄いかもしれないよね。今日は昨夜の激しい雷雨が完全に無くなり、うってかわって、めちゃくちゃ晴天気になってくれた。気持ちを入れ替えて、今日という一日を全開で楽しもうと思う。本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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